小論文テクニック

『「です・ます」はいらない』希望ヶ丘の個別指導塾 AO入試プロ

志願理由書でもっと

気にすべきところはある。

 

 

 

志願理由書の表面的な部分を気にする

 

気持ちは十分にわかります。

 

「です・ます」はたしかに丁寧であることも

 

理解できます。

 

 

 

「です・ます」を絶対にふくめないでほしい、

 

というわけではないのですが、

 

それをふくめることと引き換えに、

 

何を失うのかというと、それは文字数です。

 

 

 

「情報密度」という観点を大切にしてほしい

 

とおもいます。その情報密度をつねに

 

高めるためには、ムダなものは削がなくては

 

いけない。1文字も余計なものはふくめない

 

ほうがいいとおもいます。

 

 

 

「あー」とか、「えー」とか、

 

会話に入り込むのを聞くと、

 

聞き取りにくい感じがしませんか?

 

というよりもムダに感じる。

 

話す側にとっての大切な「間」ですが、

 

聞く側にとってはとくに必要ありません。

 

 

 

かく言うわたしも、「です・ます」を

 

この文章に多用していますが、

 

文字数制限がある志願理由書の場合は、

 

もっと優先すべき事があるとおもいます。

 

 

 

「です・ます」をふくめるくらいなら、

 

情報密度のある、志願理由書にしたほうが

 

よいでしょう。

 

 

 

・思います(4文字)

 

・思う(2文字)

 

 

 

たったの2文字の差ですが、

 

これが、20回ほどくり返すと、

 

40文字もの差がうまれます。

 

 

 

もし仮に、250文字の文字数制限が

 

ある場合は、その40文字は全体の16%を

 

占めます。これを失うことは、

 

致死量にいたるとおもいます。

 

(けっして大げさではなく)

 

 

 

16%を失うくらいなら、ひとつでも

 

多くの情報を盛り込んだほうが安全です。

 

具体的な情報はとにかく文字数が食われる。

 

それを気にしてほしい。

 

 

 

「です・ます」をどうしても使いたいと

 

おもう心理は、審査する側からどう見られる

 

のかを気にしています。

 

 

 

「です・ます」を抜くと、

 

「上から目線になっていないか」

 

「横柄な書き方になっていないか」

 

ということを気にしているのでしょう。

 

 

 

これも大切な視点ですが、

 

本来、具体的な言葉で組み立てられるはずの

 

情報密度が下がり、それによって

 

読み手の「印象」に悪影響をおよぼす

 

ことを、もう少し想像すべきだと

 

おもいます。

 

 

 

文章には音がありません。

 

あたり前ですよね。

 

目で認識するしかないわけです。

 

 

 

だから、情報を伝えられる手段が、

 

視覚しかないぶん、

 

ひとになにかアピールする際に、

 

「舞台演出」が平板になりやすい。

 

 

 

たとえば、

 

動画で伝える方が、リアリティをもって

 

なにかを伝えることに優れている場合が

 

あるのは、「舞台演出」をするための

 

装置が多いからです。

 

BGMをつけたり、文字を拡大するエフェクト

 

をつけたり、そのような自由な演出法が

 

文章には備わっていません。

 

 

 

プロの書き手は、その文章に荒波を立てたり

 

凪をつくったりすることが卓越している。

 

文章でなにかを「ありあり」と伝えることに

 

優れている、ということです。

 

※凪(なぎ)と言う意味は、

 

風がやみ波が穏やかになること。

 

 

 

ワンポイントアドバイス

 

 

 

「お行儀がいい」とおもわれることを

 

優先するか、具体的な言葉をならべる

 

ための文字数を失うのか。

 

 

 

わたしなら、前者を下げて、

 

後者を優先してほしいと願います。

 

 

 

多少、荒削りでもいいです。

 

高校生らしいフレッシュな文章を

 

目指してほしいとおもいます。

 

 

 

かつてじぶんの恩師がこう言っていました。

 

「じぶんに無くなってしまったものは、

 

きみたちの書くような若々しい発想と、

 

パワフルな切り口で文章を書くことだよ。」

 

 

 

大学の教授は、

 

何十万枚の若者が書く文章を

 

添削しています。

 

あなたの志願理由書に書かれている中身が

 

退屈なら、それでおわり。

 

陳腐なものは記憶にとどめません。

 

 

 

それは陳腐なものを嫌というほど

 

読まされてきているからです。

 

記憶に残る文章を書きましょう。

 

そのためには、できるだけ具体的な言葉で

 

情報密度を上げることに

 

頭をつかいましょう。

 

 

 

高校の先生は、あなたに「です・ます」

 

をすすめるかもしれません。

 

 

 

「ギチギチ」になるほど、

 

情報密度の高い志願理由書を書いていけば、

 

この文字数制限があるなかで「です・ます」

 

を使ってほしいとは言わないはずです。

 

 

 

「です・ます」を入れる余裕がないほどの

 

状態であれば、言いようがないはずです。

 

もし、それでも言われるならば、

 

「どこを削って、どこに、です・ます

 

を入れればよいですか?」と逆に質問を

 

してください。

 

 

 

そういう質問を真摯に投げることに、

 

勇気をもちましょう。

 

その回答が納得のいくものであれば、

 

そのアドバイスを飲むのもよし。

 

納得がいかないなら、振り切るのもよし。

 

 

 

最後はあなたの判断にゆだねられます。

 

 

 

編集後記:

 

犬は小動物に興味津々になる。

 

猫はどうなんだろう??

 

うちだななみさん、今回もありがとう。

 

次回から季節感をおりまぜたイラストを

 

提供してくれるということで、

 

たのしみです。

 

 

『「きっかけ」は短く』希望ヶ丘の個別指導塾 AO入試プロ

「きっかけは」

サラッとでいいんです。

 

AO入試の志願理由書を書くにあたって、

 

やたらとドラマティックな「きっかけ」

 

を書かなければいけないと焦る人が

 

じつに多い。なぜか?

 

 

 

志願理由書に、なりたい職業を書くことは

 

ごく一般的です。(例外もありますが)

 

その職業を思い立った「きっかけ」に

 

どこか平板でないストーリー性がないと、

 

物足りないと、心配するからです。

 

 

 

たとえば、看護師になりたい、

 

という夢があったとします。

 

その看護師になる夢を思い立つうえで、

 

どんな「きっかけ」があったかを重要視

 

しすぎる傾向にあると思います。

 

 

 

もちろん、この「きっかけ」は必要です。

 

ただし、他の受験生と差別化を意識する

 

あまり、オンリーワンのものを探そうと

 

躍起になりすぎるのもよくありません。

 

 

 

 

たとえば、

 

看護師になる「きっかけ」として、

 

べつに入院経験がないといけないわけでは

 

ないのですが、そういうリアルな体験を

 

していないと、受験生はけっこう焦る

 

場合もあります。

 

 

 

もちろん、その職業になりたいとおもう

 

以上は、なにかしらのドラマがあると

 

書きやすいとはおもいますが、

 

それが強すぎて、その「きっかけ」を

 

前面に押しすぎるようなことがあっては、

 

貴重な文字数を食い潰してしまいます。

 

 

 

なかには、半分ぐらいそれで書こうとする

 

生徒もいるくらいなので、注意が必要です。

 

 

 

以前からその職業にあこがれていたという

 

「きっかけ」しかなかったとします。

 

でも、その「あこがれ」だけでは、

 

志望動機にならないのもたしかです。

 

 

 

いや、逆にあこがれを語るには、もう少し

 

別のことに注意が必要かもしれません。

 

ようするにアイドルを追っかけているような

 

「夢見がちな子」として見られることに

 

気をつけるべきです。

 

 

 

現実には苦しい場面が山ほどあるのは、

 

あなたもなんとなく感じていますよね。

 

思い描いていた職業の実態を目のあたりに

 

するであろう未来にも、うすうす気がついて

 

いるのではないでしょうか。

 

 

 

 

だけど、その職業に就きたいわけですよね?

 

誤解しないでほしいのは、

 

わたしは、その「あこがれを」を破壊しろ!

 

と言いたいわけではないんです。

 

 

 

むしろ、とことん突き進むべきです。

 

志願理由書で書かなくてはいけない

 

「きっかけ」というのは、

 

いまのあなたから見える、等身大のじぶん

 

から、どのくらいまで「リアル」に

 

迫ることができるのか、という点です。

 

 

 

「リアル」というのは「夢」の対義語です。

 

だけど、その「リアル」は

 

「夢」を壊すものではありません。

 

 

 

そのことを、あなたはじぶんの言葉で

 

説明する必要があります。

 

 

 

もし「リアル」が「夢」を壊す瞬間が

 

おとずれるとしたら、

 

それはあなたが「夢」しか見てこなかった

 

可能性があります。

 

それはとても怖いものです。

 

 

 

そのような不安を、大人たちは

 

あたの「夢」から感じとろうとするのです。

 

「だいじょうぶかな~」という漠然とした

 

不安感です。

 

 

 

どうやったら「リアル」

に迫れるか?

 

 

 

なりたい職業があきらかだった場合、

 

まずはその職業に就いているひとに

 

インタビューをする。

 

それは両親かもしれないし、

 

友人かもしれません。

 

 

 

知人でそういう方がいなかったら、

 

なんらかのツテをつかって、

 

会ってみてほしいです。

 

 

 

そのさいに、かならずその仕事をする

 

業界で抱えている問題点を

 

聞きだしてくること。

 

 

 

その業界が二の足を踏んでいる

 

「リアル」な側面をインタビューして

 

きましょう。

 

 

 

なまなましい話が聞ければしめたもの。

 

現場から聞こえてくる「悲痛な叫び」を

 

克明に記録してきましょう。

 

 

 

とにかく、

 

「リアル」にたいして徹底的に迫る。

 

ギリギリのところまで。

 

 

 

華々しい表の部分と、

 

暗澹たる裏の部分を、

 

同時に引っ張りだしてきてほしいです。

 

 

 

その「リアル」がまな板にのったときに

 

じぶんがその解決にむけてどのように

 

入り込めるこめるのか、

 

そのスキマをさがしましょう。

 

 

 

一躍有名人になるような大きな話で

 

はなくて、

 

ビジョンだけでもかまいません。

 

とにかく登山口には立ちましょう。

 

 

 

その問題解決をしらべあげて、

 

むしろ分からないことだらけに

 

なることはあたり前です。

 

 

 

その分からないことが、

 

大学入学後に研究するための、

 

のこされた余白の部分です。

 

 

 

「ここがわからない」

 

「この解決方法が見当たらない」

 

というところまで言えるようになったら

 

かなり「リアル」に迫ってきている

 

証拠です。粗削りでもいいです。

 

とにかく接触してきてください。

 

 

 

ここまでくれば、

 

やんわりと表面をなでるような

 

志願理由書を書くことはありません。

 

 

 

そこを切り口にして、

 

「きっかけ」はサラッと書く。

 

「リアル」に迫ったからといって、

 

欲張って書きすぎないこと。

 

 

 

重要なのは、そのあとの具体性を

 

ともなった、研究プランに

 

絞り込んでいくことです。

 

 

 

入学後の研究プランがどんなものに

 

なるのかほど、わかりようのないもの

 

はないのですが、

 

現時点でわかることを精一杯に書く。

 

 

 

無理に背伸びをする必要もありませんが

 

背伸びをする気のまったくない生徒は

 

どこか味気ない。

 

 

 

常識を疑いながら、

 

問題点を発見し、その解決方法を

 

研究するためのアプローチとすること。

 

こんなことを漂わせるにおいが、

 

教授に伝わらなくてはいけない。

 

 

 

審査をするひとは教授です。

 

とうぜん、じぶんとおなじ温度をもっている

 

生徒をほしがるのは自然です。

 

かれらの視点に立った書き手を想定する

 

ことが、「きっかけ」という入り口。

 

今日はそんな話でした。

 

 

 

編集後記:

 

今回から、部屋のシチュエーションが

 

変化します。次回もたのしみ。

 

うちだななみさん、ありがとう。

 

 

 

『何を書くのか考えるヒント』希望ヶ丘の個別指導塾 AO入試プロ

こういう書き方は

やめたほうがいい。

 

 

 

志願理由書のやめた方がいい書き方の

 

ひとつに「無難なもの」があります。

 

 

 

「無難なもの」という意味は、

 

とにかく「お行儀がいいもの」という意味。

 

 

 

なかには、「大学に通いやすいから」とか、

 

「行ける大学がここだった」などのように

 

バカ正直なものまでありますが、

 

これはまったくの論外です。

 

 

 

「お行儀がいいもの」を書かなくては

 

いけないという一種の呪い!?みたいな

 

思い込みは、県立高校に合格するために、

 

提出する志願理由書の添削過程で、

 

さんざんと言われてきたことが

 

影響しているのでしょう。

 

 

 

「お行儀がいい」というのは、

 

完全に乾燥しきった

 

パサパサの志願理由書にひとしいです。

 

 

 

 

いままでそれが、

 

「正解」とされてきたことを理由に、

 

AO入試の志願理由書を書く際にも、

 

自分の特徴なるはずの部分を極力、

 

抜き取ろうとする傾向があります。

 

 

 

他者にはどう受け取られるのか、

 

未知数だけど正直にその生徒の

 

「ほんとうのわたし」を語っているならば、

 

多少、粗削りでも評価の対象になります。

 

 

 

自分の内面にこれは「濃すぎる」

 

と感じるような一面があっても、

 

他人からしてみれば、これは独自性という

 

側面として評価される可能性があります。

 

 

 

自分という世界観って、

 

自分が思っている以上に、

 

他者に理解されていない場合の方が

 

多いのです。

 

 

 

「大人はわかってくれない」

 

「両親はじぶんを理解していない」

 

 

 

幼いころは無理もありません。

 

それを表現するまでの力が不足しているの

 

ためです。

 

 

 

表現力が伸長するための第一歩は、

 

まず「このわたし」という存在を

 

他者に説明できる「ことば」を磨くことです。

 

 

 

その内側にある、ドロリとした部分でも

 

「独自性」というものへ書き換えなくては

 

いけない。その技術は後天的に習得する

 

ものだと思います。

 

 

 

ヘタに、大人がよろこぶようなものを、

 

書かなくてもよろしい。

 

 

 

審査する大人が困るのは、

 

ほんとうのあなたが見えてこないことです。

 

似たり寄ったり、あたりさわりのないもの

 

を書いて、理解されることはありません。

 

 

 

大学は研究機関です。

 

教育機関ではありません。

 

大胆な言い方をすれば、

 

常識を打ち破るための研究がなされる

 

「知の現場」、それが大学です。

 

 

 

志望理由=

 

(個性)×(関心)+(説明力)

 

 

 

大学受験の志願理由書で、

 

大人の顔色をうかがうようなものを書く

 

ことは「正解」ではありません。

 

このようなタイムカプセルに密閉された

 

先入観をすてましょう。

 

 

 

ということになると、

 

こんな質問をうけることになりそうです。

 

「んじゃ個性を打ちだせばいいのですね!」

 

 

 

うん、そのパワーがだ正しい方向に

 

むかえば正しい。でも狂ったコンパスで、

 

間違った方角へむかえば、

 

とうぜん、まちがった目的地に到着します。

 

 

 

あなたの「個性」を発揮できる場所が、

 

あなたの志望大学であるということを、

 

わかりやすく説明できなければいけない。

 

 

 

志望理由 =(個性)×(関心)+(説明力)

 

という公式があてはまると思います。

 

 

 

個性と関心は、まるで兄弟のようなもの。

 

「個性」が関心を育てる。だけど、

 

このことに意識的でない場合があります。

 

とくに自分の個性に気がつかない場合が

 

多い。でも、自分の関心にかんしては

 

けっこう意識的だったりする。

 

 

 

なので、自分の「関心」から逆算して、

 

自分の個性を浮き彫りにできることも

 

あるかもしれない。

 

 

 

わたしの友人で、プロの絵描きがいます。

 

そのひとは美術大学や絵画教室などの

 

正規な美術教育をうけたことがありません。

 

 

 

でも、絵を描くことがすきで、

 

ひたすら絵を描き続けた。

 

つまり関心は、絵を描くことに

 

向いている。

 

 

 

描き続けているうちに、

 

自分のスタイルが見えてくる。

 

じぶんにどういう世界観があったのかが、

 

だんだんと見えてくる。

 

 

 

関心の先にある「個性」に、

 

「コツーン」とぶつかる音が

 

聞こえてくることがある。

 

 

 

こういう例もあります。

 

 

わたしが教えていた生徒の中に

 

牛が好きでしょうがない子がいました。

 

キーホルダーや、ペンケースまで牛。

 

牛、牛、牛、牛づくしのグッズで

 

あふれていました。

 

 

 

それだけ牛が好きだから、

 

「牛はだべないの?」ときくと、

 

「いや、ぜんぜん食べます」とあっさり。

 

 

 

牛糞のにおいがプンプンしても、

 

ぜんぜんへっちゃら。

 

牛と一緒に生活したいと言っていたので、

 

「将来、酪農家になったら?」と言ったら、

 

「あー、そうですね」と、

 

わたしに言われるまで

 

まったく気がつかなかった。

 

 

 

もちろん、目指すは東京農大という

 

ことになる。AO入試だけではなくて、

 

一般入試も想定して猛勉強しました。

 

 

 

ところが、ある日、とつぜんその生徒が、

 

「東京農大にはいきません」

 

と言い出す。

 

 

 

「どうして東京農大ではダメなの?」

 

と聞くと、

 

「研究対象となる牛の数がすくないから」

 

とのこと。

 

 

 

北海道にある酪農学園大学なら

 

牛が200頭いるので、そちらに行きたい。

 

「そのほうが研究に没頭できる」という

 

ことが理由でした。

 

 

 

しばらくすると、その生徒の内側で

 

ほんとうに研究したい分野がわかってくる。

 

 

 

そうやら牛の交配は、牛同士に負担が

 

かかるらしく、人工授精が最適とのこと。

 

 

 

その人工授精を専門で研究する施設が、

 

その酪農学園大学にはあり、

 

牛が200頭いることを合わせて考えると、

 

東京農大よりも酪農学園大学のうほうが

 

ふさわしい、ということになった。

 

 

 

もちろん、東京農大にも研究施設はあるが、

 

地方のキャンパスへ移動しなくてはいけない

 

ので、その手間を考えると、どうしても

 

酪農学園大学がいい。

 

 

 

自分の関心を自覚して、

 

それを突きつめると、だんだんと

 

「ほんとうのわたし」がおとずれてくる

 

いい例だとおもいました。

 

 

 

自分の関心を突きつめると、

 

個性が頭出しをしてくる。

 

だから、

 

(個性)×(関心)ということ。

 

 

 

編集後記:

 

どんどん、小動物が増えてくる(笑)

 

うちだななみさん、

 

本日のイラストもありがとう。

 

 

 

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