『努力は不要だと考える理由』希望ヶ丘の個別指導塾 AO入試プロ

『勉強で何を意識するべきか』希望ヶ丘の個別指導塾ブログ

 

 

 

これからお話しすることは一見、常識的な

 

観点からは外れてしまうと思いますが、

 

わたしなりに感じてきた受験勉強にかんする

 

お話しをしたいとおもいます。

 

 

 

 

みなさんのまわりに勉強に対する熱が

 

低いのに、サラッと好成績をとってしま

 

知り合いを見たことはありませんか?

 

 

 

あきらかに努力をしていない感じがする

 

のにもかかららず、よっぽど努力したと

 

感じる自分の方が成績が悪かったりする。

 

 

 

まったく努力していないと見えるその人は、

 

「ごく当たり前」のような素振りをしている

 

ので、ますます不思議に感じるものなのです。

 

 

 

一方で、あなたはそのひとの何倍もの努力を

 

しているのに、パッとしない成績をとってし

 

まうのですから、不思議に思えてきます。

 

 

 

一体、なぜこんなことが起きるのでしょう?

 

「努力」って、かならず報われるものです

 

よね。でも、報われない「努力」も存在する

 

ことをどこかで感じているはずです。

 

 

 

「努力」って、けっこうやっかいな

 

「想い込み」だとわたしは感じるのです。

 

本人は努力していると感じているのに、

 

その成果がでないと、まだ努力が足りない

 

と欠乏感が出るんですよね。

 

 

 

古い努力に新しい努力を「上書き」して、

 

次々に努力を更新していくのです。

 

 

 

粉骨砕身はいらない

 

 

 

努力をすることは、あなたの心身をボロボロ

 

にするぐらいの犠牲を払うことを意味しま

 

せん。「粉骨砕身」はまったく必要ありませ

 

ん。

 

 

 

あなたのまわりにいた好成績をとる人は、

 

かならず粉骨砕身していましたか?

 

 

 

そんなことはなかったはず。もちろん、

 

心身がボロボロになるほどの努力をして、

 

好成績を取って、受験に成功したひとも

 

いることは認めます。

 

 

 

ただし、一般的な努力論が普遍的なものとは

 

どうしても思えないのです。

 

 

 

ここにある種のギャップを感じますが、

 

みなさんが受験勉強にのぞむうえで、

 

どんな意識が大切なのかを考えてみたい

 

と思います。

 

 

 

『努力をどう認識するか』希望ヶ丘の個別指導塾ブログ

 

 

 

わたしが思うに、無理に「努力をしている」

 

という自覚をもつ必要はないと思うのです。

 

もうすこしその自覚を緩めてもてもよいの

 

ではないでしょうか。

 

 

 

「努力をしている」というのは、

 

なにかに「抵抗している」という自覚を

 

生みだします。

 

 

 

嫌なことに立ち向かう、とか。

 

強引に自分を追い詰める、などのネガティブ

 

な印象をもつことが少なくありません。

 

 

 

けれど、努力というものにこのような負の

 

感情を抱くことは、「努力」本来の効果を

 

封じ込めてしまうような気がするのです。

 

 

 

「努力した結果、志望校に合格する」という

 

のは、ポジティブな感情になるはずです。

 

 

 

でも、その「努力」という感情が過剰に

 

ネガティブになるとすれば、

 

「志望校に合格する」というポジティブな

 

感情を食いつぶす結果になります。

 

 

 

ようするに、あたなが意識しなくてはいけな

 

いことは、「努力」というネガティブな感情

 

を極力おさえて、「志望校に合格する」とい

 

うポジティブな感情を膨張させることなの

 

です。

 

 

 

クラスメイトのなかにちっとも努力している

 

様子が見えない人でも、好成績を取ってし

 

まうひとがいるのは、「努力」という感情を

 

ちっともネガティブに捉えていないことが

 

考えられます。

 

 

 

極論を言えば、「努力」している感覚すら

 

もっていないでしょう。

 

これはネガティブな感情がゼロの状態で、

 

ある意味で「無心」の境地だとおもいます。

 

 

 

「努力しているのに、なぜ結果がでない!」

 

という感情の裏側には、「努力」という犠牲

 

を払っているのに、どうして見返りがないの

 

だろう、ということを暗に意味しています。

 

 

 

これは「努力」を完全にネガティブな行為と

 

して考えていることは間違いありません。

 

 

 

 

意図して待つこと

 

 

 

いちいち、努力しているのかどうか、

 

などを考えなくていいのです。

 

また、努力をネガティブが印象で捉えること

 

も不要です。むしろ、「努力」という感情を

 

忘れた方がいいでしょう。

 

 

 

最善を尽くす、というポジティブな感情だけ

 

を抱いてください。「絶対に受かってやる」

 

というのは、すこし意図が強烈すぎます。

 

 

 

下手すると、「努力が足りない」のような

 

ネガティブな感情が発生しやすくなる可能性

 

があるのでコントロールを誤ると大変です。

 

 

 

なので、「最善を尽くす」ぐらいのソフト

 

パワーがちょうどいい。その後の結果は

 

「神様が決める」ぐらいの意図がいちばん

 

パフォーマンスを上げます。

 

 

 

「努力」にネガティブな印象が発生してきた

 

とおもったら、すぐにその感情を捨てる。

 

「努力」という言葉から、「最善を尽くす」

 

という言葉に置き換えましょう。

 

 

 

焦りもあるでしょうが、何事にも成功する

 

ひとの思考は案外とシンプルなものです。

 

そして、淡々と何かを成功させるものです。

 

 

 

矛盾しているような話ですが、「努力」と

 

いう感情は、努力しているという感情を抱か

 

なくなった時点で報われる不思議な行為だと

 

おもいます。

 

なので、「努力」はいりません。

 

 

 

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